01
「みなさんは、幽霊や宇宙人を見たことがあるでしょうか?」
高校に入学して間もない新入生たちは考える。 ——これはいったい何の部活動なのだろうか?
壇上に立つのは、一人の女子生徒。前髪をゴムで束ね、広い額が妙な存在感を放っていた。
「残念ながら、私もまだ見たことはありません。けれど——だからこそ見てみたい!そうは思いませんか⁉」
ここは兵庫県立影松高校の体育館。この奇妙な演説は新入生向けの部活紹介である。
そして、部活動の名が明かされる——
「ご挨拶が遅くなりました。私は超自然科学部、二年の播摩凛音と申します」
『超自然科学部』という名に、一年生たちはますます困惑した。 体育館の後方に並ぶ上級生からは、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
しかし、播摩凛音と名乗った少女は、これを意に介さず、部活紹介を断行するのである。
「我が超自然科学部は、神戸の都市伝説について調査・研究を行う部活動であります。神戸は深い歴史を持ち、自然と文化の交わる国際都市です。 そして、こうした歴史や風土から生まれた、さまざまな伝説が存在しています。例えば、六甲山にまつわる話には、怪異の『ターボババア』や超古代文明の『カタカムナ』などがあります。 超自然科学部では、この街にひしめく様々な謎を追い、その真相に迫り、時には解き明かしてまいりました。そしていま、我々は共に神戸の謎へ挑まんとする、気骨ある仲間を探しています」
彼女は壇上から聴衆に向かって穏やかに微笑み、手を差し伸べる。
「新入生の皆さん!高校入学は、新たな挑戦を始めるには絶好の機会です!今こそ、世界の謎の解明へと足を踏み出そうではありませんか⁉」
ここで、先ほどまで静観していた一年生たちも気が付いた。 ——あ、これ、入っちゃいけない部活だ
小さなどよめきは、波紋のように体育館へ広がっていく。
「超自然科学部って言ったよね?」 「なに?どういう話?」 「学校公認の部活動なの?」
聴衆の動揺を察したオカルト娘は、演台のスタンドからマイクを抜き取る。 そして、不敵な笑みを浮かべて一言。
「心配することは一つたりともございません」
彼女が舞台上を歩きだすと、潮が引くように喧騒は静まっていった。
「影松高校の超自然科学部は、神戸の街と同じく、長い歴史を持つ由緒正しい部活動であります。そこには確かな伝統と格式があるのです。 そう!それ故に!必ずや、あなたの学生生活は玉虫色の日々で満たされるでしょう!」
その言葉で安心する生徒はいないだろうが、壇上の少女だけは満足げな顔をしていた。
彼女は演説の締めくくりに向けて、舞台の中央へ移動する。 演台の前に立ち、全校生徒から教師陣まで見渡してから、最後の部活PRに臨む。
「活動日は特になし!部室は冷房完備!学習室としても利用可能!更に今だけ、優しくて美人な二人の先輩が学園生活を徹底サポート! ここに宣言いたします。超自然科学部に入部いただける方には、最高の学生生活を三年間保証しましょう!」
女子生徒は三本の指を立て、満面の笑みを浮かべる。 肩にかかる癖のあるミディアムヘアが、その勢いに合わせてうねりを打っていた。
02
すべての部活動紹介が終わり、昼休み。
新入生たちは机を寄せ合い、まだできたばかりの友人たちと昼食を取りながら、部活紹介の感想を交わしていた。 あちこちで超自然科学部が話題にのぼる。しかし、そのどれもが冷やかしの声であった。
そんな中、藤森摩耶は本気で入部を検討していたのだが——
「まやっち、本当に超自然科学部に入るの?」 「一応、そのつもりだったんだけど……」
坂本日向子は幼馴染みの摩耶に訊ねた。 純粋に心配しているようだが、少しだけ面白がっているのも分かる。
摩耶は不思議な現象への関心が強く、入学前から超自然科学部に入ろうと考えていた。 この部活の存在も、影松高校を選んだ理由の一つだった。
坂本は部活紹介を思い出して、少し笑いながら言う。
「あの部活って、なんていうか、アレだよね~」 「うん…アレだよね…」
二人は顔を見合わせ、『アレ』の答え合わせをする。
「「カルト宗教感」」
坂本は、呆れつつも温かな笑みを浮かべ、箸で弁当から唐揚げを摘まみ上げる。
「まあ、まやっちが『そーいうの』好きなのは知ってるけどさ~」
そう言って、坂本は無邪気に唐揚げを口に放り込む。 摩耶も合わせて弁当を食べるが、箸の進みは悪い。
「活動内容がオカルト研究とは聞いてたけど……」 「あれは、活動以前の問題だね」 「他の先輩もいるだろうし……取り敢えず見学してからかな」 「本当に大丈夫?さすがに、ヤバいと思うけど」 「…ですよね」
——その頃、超自然科学部の部室では。
「なーんて、学校中で言われてますよね~」
そう言っておどけるのは、先ほど謎演説を披露した播摩凛音だ。 椅子に後ろ向きでまたがり、大股を開いている。 背もたれの上で組んだ腕に顎を乗せ、自嘲気味に笑った。
「凛音ちゃん、攻めてたもんね~」
そんな凛音に優しく微笑みかけるのは、三年生で部長の堀有楽である。 美しい黒髪のショートカット。中央で分けた髪をなぞるように手櫛で整えながら、凛音に尋ねる。
「でも、あそこまで新興宗教感は出さなくてもよかったんじゃない?」 「何言ってるんですか?舐められたら負けなんですよ?何事も最初が肝心なんです!」
果たして、彼女はいったい何と戦っているのか。 真相は不明だが、本人なりのこだわりがあるらしい。
「新入部員がいないと研究会に降格だけど、いいの?私も三年だから、引退が近いし」 「それはそうなんですが……」
言葉に詰まる凛音。 有楽は急かすことなく、彼女の言葉を待つ。
「んー。面白くない後輩と部活続けても、って感じなんですよねー」
凛音は窓の外へ目を向け、澄み渡る春の空を物憂げに見上げるのだった。
03
放課後になると、一年生たちはそれぞれ部活動の見学へ向かう。
摩耶もこれから超自然科学部に行くのだが、まだ自席に座っている坂本に声をかけた。
「ねえ、ピー子。部活見学…一緒に行かない?」 「え?行くわけないでしょ?あんな怪しい部活」
この「ピー子」とは、坂本日向子が幼い頃から呼ばれているあだ名である。 「ヒナ」子の「雛」から転じたものだが、小鳥のような彼女にはぴったりの呼び名だった。
坂本は頬杖をつきながら「逆に何で行くと思ったの?」とでも言いたげに、ポカンとした表情を浮かべている。
あっけなく断られたわけであるが、高校生活の命運がかかる摩耶も必死である。
「お願いします!日向子さま!」
摩耶は、真っ直ぐなミディアムヘアを揺らして頭を下げた。 切り揃えられた前髪は、いかにも文化系らしい印象だ。 垢抜けていないため分かりにくいが、実は高身長でスタイルがよい。
「だから、嫌だって」 「じゃあ、初日だけ!」 「いや…私もバスケ部の見学行かないとだし」
摩耶とは対照的に、坂本は小柄で華奢な体つきだ。 少しまとまりのないショートカットは、いかにもスポーツ少女といった雰囲気である。
「そしたら、部室の前まで!ね?」 「えー…もう、本当に前までだからね」 「ありがとう!ピー子!」
摩耶は嬉しさのあまり坂本に抱き着いた。 坂本は迷惑そうに眉を寄せたが、表情はどこか楽しげだった。
――
廊下を並んで歩く摩耶と坂本。 身長差のある二人の足音が、少しずれたリズムで響いている。
超自然科学部の部室は、校舎の端にある部室棟の奥にあった。 人気の少ない廊下に面しており、古びた木製の扉の上には、「超自然科学部」と手書きされた部名札が掛かっている。
部室の前まで来ると、坂本はピタリと足を止める。
「じゃあ、あたしはこの辺りで」 「えっ、私が入るまで見届けてよ?」 「嫌だよ!関わりたくないもん!」 「直ぐだから!あと一分だけ!」 「いや、もう一秒だって居たくないんだけど」
そんな押し問答を続ける二人の背後に、ヤツはいた。
「おや?二人とも入部希望者かな?」
二人が驚いて振り返ると、立っていたのはあの壇上にいた教祖様だった。
「え?いや、あたしは…」 「まあ、立ち話もなんだから!中に入って!」 「あ……」
凛音は坂本の腕をがっしりと掴み、部室へ引きずり込む。 摩耶は勢いに押されるまま、二人の後ろを恐る恐るついていくのだった。
04
「あら、部活見学の一年生?」
ドアの向こうにいたのは、美しい女子生徒だった。 窓から差し込む西日を受けて、艶のある黒髪が淡く光っている。
——なんだ、この綺麗な人⁉
摩耶と坂本は、すっかり堀有楽に見惚れてしまう。 涼しげに微笑む有楽には、自分の美しさに無自覚なところがあった。
「はい!二人とも入部したいそうです!」 「いや、そんなこと言ってません」
凛音の言葉を、坂本は慌てて否定する。
「んー。凛音ちゃん、無理やりは駄目だよ」 「え、いや、あの……すみません……」 「今度から気をつけるんだよ」 「はい…」
有楽に叱られ、凛音は素直に反省する。 しょんぼりと肩を落としているあたり、悪気はなかったのだろう。
「凛音ちゃんがごめんね」 「でも、部活見学に来たのは確かなので」 「あ、それならよかった」
有楽は安堵し、花のように笑った。
「それじゃあ、改めて自己紹介しようか。みんな、座って座って」
仕切り直すように一度手を叩き、立ったままの三人に着席を促す。 しかし、凛音は叱られた子犬のようにしょげ返っていた。
摩耶はその様子に気まずそうな顔を浮かべる。 すっかり流されて帰れなくなっている坂本も、隣で同じような顔をしていた。
三人の表情を見回し、有楽が口元を緩める。
「ほら、凛音ちゃんも。怒ってないから、元気出して」 「わーん!ゆらせんぱーい!」
凛音はわざとらしい泣き真似をして、勢いよく有楽に抱きついた。
「よしよし」
有楽は慣れた様子で、手のかかる後輩の頭を撫でる。
そんな二人を見て、摩耶と坂本は同時に思った。 ——あ、やっぱりこの部活、ヤバいかも。
05
お客様扱いの摩耶と坂本は、年季の入ったソファーへ促され、腰を下ろす。 有楽はソファーの正面にある部長机へ、凛音は木製座面の学習椅子へ座った。
摩耶と坂本は、そわそわとした様子で、雑然とした部室を見回した。
壁際の棚には地域資料や古びたファイルが詰め込まれ、その隙間を埋めるように水晶玉や護符、魔法の箒まで置かれている。統一された世界観というよりは、オカルト全般の要素をごった煮にしたような印象だ。
一方で、棚の上にはバスケットボールやラケットなどの備品が整然と並んでた。以前は運動部の部室だったらしい。オカルトクッズとスポーツ用品が同じ棚に収まることで、室内の混沌具合が一層際立っている。
有楽は咳払いをして口火を切る。
「じゃあ、まずは私から。三年の堀有楽。超自然科学部の部長です。よろしくね」 「二年の播摩凛音だよ!よろしくねん!」
デコパチ娘が教祖様かと思っていたら、この美しい女性が超自然科学部の総帥らしい。 もしくは、美しすぎるこの人は女神様なのかもしれない。
「藤森摩耶です。よろしくお願いします」 「えっと……坂本日向子です。あの、一応、私はまやっちの付き添いで来ただけで……」 「あら、そうなの?まあ、せっかくだし、少しだけお話ししていかない?」
坂本は気まずそうに目を逸らす。
「いやー、その……」 「ほら、お菓子もあるよ」
そう言って、有楽はロールケーキを差し出した。 コンビニ製の一切れ入り。パッケージによれば「贅沢な生クリームが魅力」の一品とのこと。
坂本の目の色が変わる。
「えっ、いいんですか⁉」 「もう、ピー子……」
摩耶にジト目を向けられ、坂本は照れ笑いを浮かべてごまかしながらも、有楽からロールケーキを受け取った。 袋から取り出して一口食べると、有楽へ向き直る。
「えーと…そうだ。この部活って、オカルトの研究をしているんですよね?」 「まあ、本当は町の歴史や地理を調べる部活だけどね」
坂本は二口目を頬張りながら、有楽の話を聞いている。 口をもぐもぐさせている坂本に代わり、摩耶が質問を重ねる。
「例えば、どんなことを研究されているんですか?」 「私は『センター街をさまよう老人』とか、『元町高架の消えるお店』とか」
摩耶の質問に有楽が先に答えると、続いて凛音も身を乗り出した。
「私は『住吉町の富豪の謎』を調べているよ」 「へえ、面白そうですね」
摩耶の目は、少しだけ輝いているように見えた。 その様子を見て、有楽が一つの提案をする。
「それなら、私が調査中に出会った不思議な話があるんだけど、聞いていかない?」 「どんな話ですか?」
あれだけ帰りたがっていた坂本も、気がつけば興味津々である。 有楽は少し悪戯な笑みを浮かべて、こう言った。
「サンチカに現れる、幻の四番街」
有楽による都市伝説の一席が始まる。