06
これは、去年の暮れごろの話なんだけどね。
自分の研究テーマを調べるために、フィールドワークに出かけてたの。 あ、私の研究テーマっていうのは、三宮と神戸元町に関わる都市伝説なんだけどね。
あのエリアの歴史は古くて、平安時代には生田神社を支える民家の集落があったんだよね。その人々を「神封戸(じんふこ)」とか「神戸(かんべ)」と呼んでいて、そこから「神戸(こうべ)」という地名になったらしいの。
六甲山系の麓っていう立地もあって、古代から自然信仰の厚い地域なんだよね。だから、歴史的にも多くの伝説が残されているわけ。
更に、海が近いことから港としても活用されて、海外の文化が最初に入ってくる地でもあったの。当時の人々は初めて見たものを妖怪と勘違いしたっていう話もあるのね。
そして、第二次世界大戦や阪神淡路大震災における悲劇、そこからの復興。こういった歴史があって、神戸には多種多様な伝承や噂が残っているの。
例えば、凛音ちゃんが部活紹介で話していたけど『ターボババア』とかは全国的に有名だよね。トンネルで走っていると、高速で走る老婆が併走してくるってやつ。他には、12,000年前に存在した超古代文明『カタカムナ』とかも都市伝説界隈では流行っていたりね。
神戸元町と三宮については神戸の中心地だから、街に関する都市伝説が多いんだけど、みんなは聞いたことあるかな?
「幻の元町地下街」 「時間の止まった喫茶店『5時45分』」 「開かずのコインロッカー」
私は、そういった噂話を確かめるために、何度も足を運んでいたの。
その中でも、今回話すのはサンチカに関する都市伝説。
サンチカはわかるよね? そうそう、三宮地下街のこと。
サンチカは商業施設で、1番街から10番街まであるの。 だけど、4番街と9番街が欠番になってるのは有名かもね。
まあ、病院とかでも4と9は不吉だから使わないし、今でもよくある話か。
でも、ここが不思議なポイントで「欠番の4番街を見た」って噂が後を絶たないの。
そう、私が出会ったのは、それ。 都市伝説——「サンチカ 幻の四番街」
07
私はフィールドワークの時は、電車で阪急の神戸三宮駅で降りて、そこから元町駅へ向かうの。
ルートでいうと、三宮地下街を通ってA6出口から地上に出て、センター街を抜けていくって感じだね。
あの日も、いつものように阪急の改札を出て、エスカレーターで地下へと降りていったの。
あの辺りは基本的には中心地だから、どこも人通りが多いんだけど、その日のサンチカは普段より人が少なかったのを覚えている。
あ、これは前振りとかじゃなくて、ただ平日の昼間だったってだけね。
もちろん、学校をサボったわけじゃないよ。 私は不良生徒じゃありませんから。 単純に、ちょうど試験休みの期間だったんだよね。
地下の連絡通路は企業の広告が等間隔で並んでいて、そこを抜けると夢広場っていう少し開けた場所に出るんだよね。そこからがサンチカで、まずは一番街を横目に見ながら三番街に入るの。ここまでは完全に、いつもと同じルートだった。
三番街ではクリスマス風のBGMの間に、館内放送のアナウンスが流れていた。
「本日は、サンチカにお越しいただきまして、ありがとうございます。サンチカからのお知らせです。冬の新商品をご紹介。三番街では本日、寒い季節にぴったりのイベントを開催しております」
でも、今になって思えば、あの日は館内放送が妙に遠く聞こえて、足音だけはやけに響いてた気がするな。
08
三番街に入ってからは、雑貨屋さんとかを軽く見ながら歩いてたんだよね。冬だったから、ハンドクリームとか見たりしてさ。
一通りお店を回って、三番街を出ようとしたらさ、花屋の前を通ったんだよね。
「あれ?こんなところにお花屋さんあったっけ?」
私は、つい声に出しちゃって。
萎れたオレンジのガーベラ、半額シールの貼られた鉢植え。緑の帽子を深く被った店員さん。 それが、なんだか凄く印象的だったんだよね。
館内放送は繰り返し流れ続けている。
「本日は、~~~~番街は今日も一日。季節にぴったりのイベントとなっております」
でね、そのまま三番街を出て六番街に入ったの。六番街はファッションエリアなんだけど、軽く洋服とかを見ながらぐるっと回りつつ、A6出口に向かおうとして歩いていたんだ。
けど、しばらくすると……。
不思議なことに、六番街を出ようとしたら、また花屋の前にいたの。
最初は、似たお店かなって思ったよ。
でも、ガーベラも、半額シールも、さっきとまったく同じ位置。 店の前では、店員さんが枯れたオレンジの花びらを拾っている。
少し気味が悪くなって、私はサンチカの大通りに出たの。 その時は「六番街を歩いているうちに、間違えて三番街に戻っちゃったのかな」とか考えてた。
だから、大通りを真っ直ぐに進んでA6出口を目指すことにしたんだよね。
サンチカは縦長の施設だから、どこかで曲がらない限り、同じ場所には絶対に戻ってこない。
私は確実に一区画進んで、A6出口がある横道に入る角を曲がったんだ。
でも、そこには…また花屋があった。
あの時にはもう、おかしなことに巻き込まれていたんだろうね。 私は一度立ち止まって、何が起こっているのか落ち着いて考えることにした。
そしたら、花屋の店員さんが顔を上げてね。 にこっと笑って、こう言ったの。
「おめでとうございます。三回目です」
私は不気味さに耐えられずに目を逸らした。 その時、天井から吊るされている案内板が目についたの。
そこに書かれた行き先を確認するとーー
「JR三ノ宮方面」 「阪急三宮方面」 「阪神三宮方面」
それらは、よく見知った駅名を示す表示で、矢印は私がさっき歩いてきた方角を指している。 でも、その下に一つだけ見慣れない名前があったの。
「四番街方面」
そんな場所は、サンチカには存在しない。 その時、私は気が付いたの。
今いる場所……そこは、四番街方面を指す矢印の先だった。
私は振り返り、四番街の奥へ目を向けた。
通路は少しずつ暗くなって、店はどこもシャッターが下りている。 黄ばんだ壁に掲げられた「神戸の流行を創る」と書かれた看板が妙に目につく。
もちろん恐怖はあったよ。 でも、ずっと調査していることだし、好奇心が勝ったんだろうね。
私はそちら側に向かって歩いてみることにしたの。
先ほどまで聞こえていたBGMは完全に消えて、館内放送もノイズで聞き取れなくなっていた。
「本日は、~~~~番街は今日も明日も~~~イベントとなっております」
4番街を進み続けると、やっと一番端までたどり着いた。 分からないけど、十分以上は歩いたんじゃないかな?
一番奥には何があったかというとね、それは地上へ延びる階段だったの。 壁には「SANCHIKA G4」って書いてあった。
本当は、そこで引き返すべきだったんだと思う。 でも、私は階段を登ってみることにしたんだ。
ここぞの場面で好奇心が勝つあたり、私もこの超自然科学部の部員って感じだよね。
私は、一歩一歩、階段を登った。 少しずつ見え始める、地上の景色を確かめながら。
09
「うそ…」
外に出ると、そこには神戸の街が広がっていた。 でも、私の知っている神戸の街とは少し違うの。
どこか原色の多いカラフルな街並みに、活気の溢れる喧騒。 妙に角ばったフォントで書かれたカタカナの看板や、聞いたこともない名前の銀行の支店。
行き交う人々は、少しだけ暖かな表情に見えるんだよね。 若い女の人たちは、昔の音楽家みたいな髪型をしていて、ちょっと面白かったけど。
空には、赤と白の小さな気球が大量に浮かんでた。 アドバルーンだと思うんだけど、気持ちよさそうに風を浴びているみたいで…。
それに、走っている車は、どれもタクシーみたいな形なんだよね。 古い型の車だからか、排気ガスの匂いがするんだけど、それが妙に懐かしく感じるんだ。
私は、この光景を知っていた。 実際に見たことがあるわけじゃなくて、映像とか写真で見たんだと思う。
もう分かったよね? 私がどこに迷い込んだのか。
そう、そこは昭和の神戸三宮だった。
ここが過去の神戸なのか確かめるために、私は三宮センター街に足を踏み入れることにしたんだ。
センター街を進むと、直ぐに「神戸マルイ」が見えてくるはず。でも、あるはずの建物はどこにも見つからないの。 知っているはずの「SAN PLAZA」も「さんプラザ」って日本語の表記になっている。
そして、電気屋さんの前で流れているニュースに目が留まったの。 「ポートピア'81 開幕まであと三日」
聞いたことあるかな?ポートピア'81って。 私も後で調べて知ったんだけど、以前に神戸で開かれた博覧会の愛称なんだって。
私は、それが気になって、ブラウン管のテレビの放送を眺めていた。
そしたら、女の子に声をかけられたの。 多分、小学生くらいかな? 赤いニットを着た、おかっぱ頭の可愛らしい女の子だった。
「お姉ちゃんも下から来たん?」
私がうなずくと、その子は遠い目をしながら言うの。
「みんな、あの頃に戻りたいんやねー」 「あの頃って?」 「決まっとるやろ。あったかくて、幸せだった。あの頃やん」
そう言うと、女の子はアドバルーンを眺める。 彼女は、とても満たされた顔をしていた。
私もつられて、一緒にアドバルーンを眺めた。 するとーー
「ポートピア'81 開幕まであとミっガッガァ」
さっきまで、聞こえていたテレビの音が急にひしゃげて、私は我に返った。 その時、目の前にいたのは、女の子ではなくお婆さんだった。
「え?」
私は目を疑った。 変わっていたのは女の子だけじゃない。 周囲には、廃墟と化した神戸が広がっていたの。
テレビから、ノイズの交ざった音が聞こえる。 「ポートピア'81 開幕まであと三日」
次の瞬間、目の前には再び昭和の神戸が広がっていた。 おかっぱ頭の女の子は悲しそうにこちらを見ている。
「なんや、お姉ちゃんは違うんやね」 「どういうこと?」 「ほな、はよ戻り」
それから穏やかに笑って、こう続けた…。
「次の今日が来たら、もう帰れんようなるで」
意味が分からなくて、聞き返そうとしたんだけど、テレビから——
「ポートピア'81 開幕まであと三日」 「ポートピア'81 開幕まであと二日」 「ポートピア'81 開幕まであと――」
そこで、また音がひしゃげて、テレビは砂嵐になった。
女の子が、嬉しそうに呟いた。 「ほら、また今日がやってくるわ」
気が付くと私は走り出していた。
彼女の言っていることは理解できなかった。けど、こういう時ってなぜか「ここにいてはいけない」ってことだけは分かるんだよね。
私は、センター街の来た道を戻って、地下街へ続く階段を降りた。 四番街を抜けて、花屋の横を通り、三宮方面の看板を確認して、夢広場の方へ走る。 一番大きなA1出口の階段を登って、地上へ出た。
そこには、私の知っている神戸があった。 目の前には、阪急のデパートが堂々と建っている。
スマホを見ても、時間は駅を降りてから十分しか経ってなかった。
でも、もう少し長くあそこに居たら、私は…。
10
——有楽の語りが終わる。
「いやいや!絶対盛ってますよね!」 「ちょっと、ピー子、怖がりすぎ」
足を震わせている坂本を面白がり、摩耶は笑った。
「でも、めちゃくちゃ雰囲気ありました」 「テレビのあたり、特に怖かった……」
有楽は紙コップの紅茶をひとくち飲んだ。
「でしょ?」 「いや、“でしょ?”じゃないですよ!」
坂本が両手をわなわなとさせる。
「結局、四番街って何なんですか!」 「んー、何だったんだろうね?」 「ピー子、真に受け過ぎだから」
騒がしい三人とは打って変わって、凛音は真剣な表情だった。
「……私、以前その話を聞いて、ちょっと気になって調べたんですよね」
そう言って、本棚の古いファイルを手に取った。
「そしたら、地域資料の中からこれを見つけまして」
それは一枚の古い写真だった。 少し色褪せた地下街に、古い看板と昭和風の服装をした人々が写っている。
そして、写真の端には一人の少女が立っていた。 黒髪のショートカット。整った横顔。涼しい目元。
それは目の前にいる女性と同じ顔だった。
部室が静まり返る。
「……え」
摩耶が小さく息を呑んだ。 坂本は写真と有楽を何度も見比べている。
「いや、いやいやいや。部長さんのお婆さんとか、そういう……」 「違う違う。私だよ」
有楽は楽しそうに笑った。
「え?」 「たぶん、五十年くらい前の写真かな」 「いやいやいや!合成ですよね?!」
ギョッとした坂本は、ソファーの背もたれに身を押しつけた。 摩耶は写真を受け取り、隅々まで確かめる。
裏には、「1981年 三宮地下街」と滲んだ文字で記されていた。
そんな二人の様子に、凛音は満足そうに腕を組んでいる。
「だからこの部活、最高なんだよな〜!」
有楽はいつものように穏やかに言った。
「……で、二人とも。入部届は書いてくれる?」