01
入部届を書いた摩耶は、バスケ部に行く坂本を見送った後、引き続き超自然科学部に残っていた。
「君、まやっちと言ったね?今日から私のことは凛音先輩と呼びたまえ!」 「はい、凛音先輩」 「ふむ、なかなか従順な後輩じゃないか~」
凛音は嬉しそうな表情で「ふふ、後輩かぁ~♪」などと、ぶつぶつと呟いている。 初めての後輩となる摩耶は、彼女のお眼鏡にかなったようだ。摩耶がその様子に呆れ笑いを浮かべていると、横から鈴の音のような声がかかる。
「私のことは呼びやすいのでいいからね」 「そしたら、凛音先輩に合わせて有楽先輩って呼ばせてもらいます」 「うん、私は摩耶ちゃんって呼ぶね」
有楽の微笑みは相変わらず女神のようである。そして、その表情のまま呑気そうに呟く。
「摩耶ちゃんが入ってくれたのは嬉しいけど、部活として存続するにはもう一人新入部員が必要なんだよね~」 「え?そうなんですか?!」
有楽の一言に、摩耶は驚きを隠せなかった。有楽は紅茶を入れ直して、摩耶に紙コップを手渡しながら答えた。
「うちの高校は四月末時点で、四人以上の在籍が部活の条件だからね」 「ってことは…」 「私と凛音ちゃんで二人、摩耶ちゃんが入ってくれて今は三人」
摩耶は、今になって廃部寸前の部活動の一員となってしまったことを知ったのだった。
「私に妙案があります!」
そう言って声を上げたのは、先ほどまで浮かれて意識が遠くへいってしまっていた凛音だった。
「さっきのピー子ちゃんを説得しましょう!」 「日向子ちゃんはバスケ部だって言ってたでしょ?」 「大丈夫です!兼部で席だけおいてもらいましょう!」 「うちの学校、兼部とかないんだけどな~」 「なければ作ればいいじゃないですか!私たちで伝説を作りましょう!」 「…」
暴走する凛音に対して有楽は笑顔で補足を入れるだけであり、その姿から摩耶は二人の先輩たちの扱い方を少しだけ学ぶのだった。
その時、後ろからドアが開く音が聞こえた。 木製のドアが小さな音を立てつつも、するすると開く。
02
「播摩、作るのは伝説じゃなくて、調査記録にしてくれないか?」 「香取先生!お疲れ様です!」
香取先生と呼ばれたのは、若い男性教師だった。黒髪短髪の好青年で、黒のスーツに青のネクタイをしており、教師にしてもフォーマルな服装である。
「お疲れ様です。職員会議は終わったんですか?」 「ああ。色々と仕事を押し付けられたけどね」 「あらら、それは大変ですね」 「大人なんてそんなものさ」
有楽の労いに、香取は自嘲気味に笑う。雑務を押し付けられるのにも慣れた様子だ。
「君は部活見学の子かな?」 「あ、はい。藤森摩耶です」 「いえ!香取先生、それは違います!」
摩耶の肯定に、口を挟む凛音だった。
「まやっちは、既に超自然科学部に入部しています!言うなれば、ルーキー・オブ・ザ・CSKです」 「CSK?」 「超自然科学部の略のつもりじゃないかな?気にしないで、大丈夫。私も初めて聞いたから」
相変わらずノリで突っ走る凛音だが、有楽は笑顔でいなしている。 香取はさすがに苦笑いだった。
「えーっと、藤森さんだったね。僕は顧問の香取裕介です。よろしく。授業では地理歴史を教えているよ」 「よろしくお願いします」
摩耶は様子を伺いながら頭を下げた。
「僕が言うのもなんだけど、藤森さん大丈夫?この部活、癖の強い先輩しかいないけど…」
そういって、香取は上級生二人を見る。
「いや~、まいったな~」 「良かったね、凛音ちゃん」
意図が全く伝わらない香取は頭を抱え、申し訳なさそうに摩耶の方を見る。
「まあ、やっていけるとは思います。ただ、もう一人入らないと廃部だって聞いたんですが」 「まやっち、廃部ではなく降格だよ。研究会になるだけだから」 「播摩、それは殆ど同義だ。部室も予算もなくなるんだぞ」
摩耶は絶句して、お気楽そうな凛音を一瞥した。 そして、有楽に乗せられて深く考えずに入部届を書いてしまったことを悔いるのだった。
03
「ところで、藤森さんはどうして超自然科学部に入ろうと思ったんだい?」
香取は、お茶をすすっている摩耶に訊ねた。
「一応、子供の頃からオカルトとか好きで…」 「へー、好きなジャンルとかは?都市伝説とか心霊とか」 「あの…ワープとか」 「ワープ…まやっち、それはオカルトっていうよりはSFだね」
摩耶は自分の手元の紙カップに目を落とす。目に映る紅茶の水面は僅かに揺れていた。
「いや、播摩。そうとは限らないよ」
凛音の指摘を否定したのは香取だった。
「超古代文明の技術を使った空間のねじれと考えれば…」 「でた、香取先生の超古代文明万能説」 「いや、超古代文明は実在してだね…」
香取の古代文明の講釈が始まろうとするが、凛音が言葉を重ねて遮る。
「実在までは百歩譲るとしましょう。でも、そこから何でもカタカムナの謎パワーで説明するのは、都合が良すぎるんですよ」 「12,000年前に神代文字が存在したことを考えると、地球外生命体のカタカムナ人が人類に知恵を授けたとしか…」 「ほら、そうやって直ぐに話を飛躍させて…」
摩耶は二人の雰囲気から「毎度のことなのだろうか?」と考えながら、そっと見守っていた。 すると、横からとんとんと肩を叩かれた。有楽が「耳を貸して」と合図を送っている。そして、小さく耳打ちをする。
「凛音ちゃんは、ワープを否定したいわけじゃないんだよ」 「…」
何も答えない摩耶に、有楽は続けて語りかける。
「超自然科学部では何を研究しても、何を信じてもいいの。心霊でもUMAでも陰謀論でも。もちろん、超古代文明だってSFだって」 「その、私はSFが好きなわけじゃなくて…」 「あ、ごめんね、ワープとSFは違うか」
そう言って、有楽は笑う。凛音と香取は、超古代文明の謎技術について議論を続けている。それは、このまま何時間も続きそうな勢いだった。
摩耶は、その光景をゆっくりと眺め、少し大きな声を出す。
「あの!」
言い合いをしていた凛音と香取が、摩耶の方を向く。
「ワープだけじゃなくて…」
有楽はいつもの笑顔で、摩耶が言葉を続けるのを見守っている。
「時空間移動とか、テレポーテーションとか、媒質やエネルギーは何でもよくて。磁場とか量子力学とかのSF的な力もありえますし、呪力や霊能力でもいいんですけど…取り敢えず瞬間移動に興味があるんです!」
摩耶の勢いに部室は静まる。凛音と香取は呆気に取られて目をぱちぱちさせた。有楽は変わらずに笑顔を浮かべている。
摩耶は、この空気を知っている。それは、小学生時代の過ち。言ってしまった後悔が押し寄せ、目を背けようとした。その時である。
「まやっち!いいね!!!」 「おー!心配してたけど、これは有望な新入部員が入ってくれたじゃないか!超古代文明にはテレポーテーションの技術があるから、それを研究していこう!!!」 「んーと、私は瞬間移動には詳しくないけど、部長として色々教えるから、一緒に研究しようね」
摩耶は最初、何を言われたのか分からなかった。 あの頃と同じ嘲笑が返ってくると思っていた。 しかし、二人の先輩も顧問も、誰も摩耶の言葉を馬鹿にしたりしていなかった。 この部活では『何を研究しても、何を信じてもいい』のだった。
摩耶は言葉に詰まっていたが、凛音は気にせず話を続ける。
「香取先生、テレポーテーションなら無難に霊界と繋がるのがいいんじゃないですかね?」 「それも可能かもしれないが、ウタヒを使えば霊界の門を通らなくても、直接磁場で空間を歪めることが可能だと思うんだ」 「んー。ちゃんと調べるなら、文献を当たるところからがいいと思うんだけどな~」
三人は、瞬間移動について本気で考えている。普通なら嗤われて終わりの話が、ここでは当然の話題になる。
摩耶は思う。
-この部活を選んでよかった
04
「藤森さんは、ワープについてはどこまで理解しているのかな?」
香取は、先程までの凛音との熱い議論を仕切り直すように、摩耶に訊ねた。
「基本的なことは理解していると思います」 「じゃあ、簡単に説明できるかな?」 「えーっと…」
香取の問いに、摩耶は少し時間をかけて考える。顎に手を当てて、小さくぶつぶつ独り言を呟いていた。 その姿を見て、有楽がクスッと笑う。凛音がその声に反応するも、有楽がなぜ笑ったのか分からずに首を傾げる。
考えがまとまった摩耶は、香取の方へ向き直って説明を始める。
「まず、ワープやテレポーテーション、瞬間移動という言葉は、使う人によって意味が違います。なので、今回はワープという言葉を使って『瞬時に別の場所へ移動すること』として説明したいと思います」 「うん。いいね」
香取は頷いて、摩耶の続きの言葉を引き出す。
「ワープは、SFと超常現象に大きく分かれます。SFとしては、莫大なエネルギーで空間を歪ませることでワープが可能だと言われています。SF映画などでもよくあるやつです」 「まやっち、『ワープ好き』と言うだけあって詳しいね」 「播摩。藤森が説明してるんだから、ちゃちゃ入れない」
香取の注意に、凛音は目を逸らして紅茶を啜る。
「超常現象については?」 「科学的な根拠はないけど伝説として語られるもの…ですかね。『1593年の瞬間移動した兵士の伝説』とかは有名だと思います」 「摩耶ちゃん、兵士の伝説って?」 「フィリピンのマニラにいたはずの兵士が、数千キロ離れたメキシコのマヨール広場に突如出現したという都市伝説です。確か兵士の名前はヒル・ペレス。伝承としても有名らしいです」 「四百年以上前の話で、名前まで残ってるんだね」
有楽は感心したように言った。摩耶の説明を一通り聞いて、香取が納得したように口を開く。
「軽く聞いた感じ、ネットとかで出回ってる情報については、自分なりに調べて整理ができているようだね。高校一年生でこれだけ調査してるのは素晴らしいね」 「どうなんでしょう…自分なりには、できるだけ調べたつもりです」
摩耶は照れ臭そうに前髪をいじっている。この話題で褒められることがなかった彼女には、香取の賞賛はこそばゆかったようだ。
「じゃあ、藤森さん。神隠しについてはどうかな?」 「神隠しですか?」 「そう。科学技術的な話や報告談については調べ尽くしていそうだから、少し違う角度からね」 「たしかに…体験談は読んできましたけど、土地の歴史までは詳しく調べていなかったです」
そう言った摩耶は少しだけ不安そうな表情を浮かべたが、まだ付き合いの浅い三人には分からない程だった。
「実はね。神隠しとカタカムナにも深い関係があるんだよ!」 「うわ!またカタカムナ万能説!私に『ちゃちゃ入れるな』とか言って、この話に繋げたかっただけでしょ!」
こうして、また香取と凛音の言い争いが始まるのだった。
05
「カタカムナに繋げたいわけじゃなく、本当に関係が深いって話なんだよ」 「本当ですか?香取先生にかかれば、なんでもカタカムナに繋がるんじゃないですか?」 「確かにカタカムナは凄い力があるから何でも説明できてしまうところはあるが、今回は本当に重要になると思うんだ」 「ふーん。じゃあ聞かせてもらおうじゃないですか」
凛音は腕を組んで香取を見上げている。その表情は全く納得していない様子だ。
摩耶は、やっと得た口を挟むタイミングで、核心的なことを訊ねる。
「あの…そもそも、カタカムナってなんなんですか?」 「え?」
香取先生の顔が固まった。
「いやいや、藤森さん、カタカムナを知らない?嘘だよね?」 「「・・・」」
先輩二人は頭を抱えて、あからさまに嫌そうな顔をした。 摩耶は、それが何を意味するか薄っすらと察して補足を入れた。
「いや、少しは知ってますよ。六甲山にあった超古代文明ですよね?さすがに地元の都市伝説ですし」 「都市伝説じゃないんだよ」 「…」
香取の静かな圧力に、摩耶の身が竦む。そして、香取が常識的な好青年であるという認識が誤りであったと知るのだった。
「カタカムナは実際に存在した超古代文明なんだ。そこらのオカルト話とは一緒にしないでもらいたいよね。だけど、なかなか正しい情報もないしな、藤森さんの理解が不十分なのも仕方がないことだ。うん」
香取は勝手に一人で納得しているが、スイッチの入った姿に有楽と凛音は完全に諦めモードである。
こうして、超自然科学部では恒例の香取先生による、長いカタカムナ講義が始まるのだった。