01:
「じゃあ、僕は職員室に戻るね」 「先生、ファイトです!」
凛音が香取に向かってケラケラと笑いながらガッツポーズを向ける。
「播摩も先輩になったんだから、ちゃんと新入生の面倒みるんだぞ~」 「もちのろんです!任せてください!」
香取は、少し心配そうな顔をしながら部室を出て行った。 部室に一瞬の静寂が生まれる。
「じゃあ、行こうか!フィールドワークに!」 「え?フィールドワーク?」
凛音の発言に摩耶はキョトンとする。 暴走の雰囲気を察知して、有楽が助け舟を出す。
「今日は初日だし、もう少し超自然科学部のことを教えてあげる方が良いんじゃない?凛音ちゃんも調査記録書いてないでしょ?」 「えー、調査記録書くの面倒なんですもん…」
凛音は駄々をこねる子供のように、頬杖をついて口をヘの字にした。
「その調査記録というのは?」 「んー、実際に見てもらう方が早いかな」
有楽は、ノートパソコンを開いて、とあるサイトを開いた。 そのサイトのトップには『カタカムナ研究室』と書かれている。
「なんですか?このサイト?」 「これは、香取先生が運営しているサイトだよ」 「あ、調査をまとめてるって言ってたやつですね」
摩耶は香取の運営するサイトを眺める。 トップページには「カタカムナ資料」や「都市伝説調査」などの文言が並んでいる。
「なんていうか…」 「この怪しさがイケてるよね!」
摩耶が言い淀んでいるところに、凛音が面白そうに口を挟んだ。
「え?あの…イケてるかは分かりませんが…」 「まあ、感性は人それぞれだからね」
そう言いながら、有楽は笑いながらパソコンを操作して『都市伝説 調査記録』のページを開く。
「これが調査記録だよ」 「へー、結構色々あるんですね」
ページには様々な神戸の都市伝説が掲載されていた。 有楽が話をした『サンチカ 幻の四番街』についても収録されている。
「ここには卒業した先輩たちの記録とかもあるから、まずはこのページを全部読むと良いかもね」
有楽がページをスクロールしていると凛音が声を上げる。
「あ、これ去年行ったやつだ!」 「どれですか?」 「この『鷲林寺町の夫婦岩』と『再度山の外人墓地』ってやつ」
有楽がクリックするとポップアップでページが開く。寒色系の暗いページには、調査概要や参考出典まで書かれていた。「調査メモ」には調査した部員の名前も記載されており、「渡辺」や「新谷」など卒業生と思わしき調査員の名前が並ぶ。
「結構詳しく書いているんですね」 「いやいや。サイトに載せているのは一部で、実際に書かされる調査記録はもっと多いんだよ。先生の添削も細かいし」
凛音は、親指と人差し指で空の厚みを作って摩耶の目の前にかざす。指の隙間から、面倒臭さを滲ませた顔がのぞいていた。
「調査記録の制作から話すと大変なことばかりになるから、まずは大きなスケジュールの確認からしようか」
有楽が活動の概要について話そうとしたところで、部室のドアが開いた。
「失礼します」
三人がドアの方を向くと、そこには一人の男子生徒が立っていた。
02:
身長は平均より少し高めだろうか。細身でメガネをかけている。真っ黒な学ランのしっかりとした着こなしから、真面目な性格であることが伺える。
「お話し中のところ、申し訳ありません。こちらが超自然科学部の部室でよろしかったでしょうか?」
高校生にしては丁寧過ぎる言葉遣い。理知的な雰囲気だが、声には柔和さが滲んでいる。 凛音は計るような視線を向け、少年の問いに答えながら訊ねた。
「そうだけど、君は?」 「僕は、1年生の保科星と申します。所用で少し遅くなったのですが、もしよろしければ体験入部ができればと思い、参りました」
凛音は、体験入部という言葉に鋭く反応する。
「ほほー、入部希望ときたか。こんな怪しい部活に入りたい奇特な新入生がいたとはね」 「いや、私も新入生なんですけど…」
摩耶が小さく突っ込みをいれるが、この程度では凛音の暴走に歯止めをかけるのは難しいらしい。
「ちょうど活動内容の説明をしていたところだし、保科君も座って聞いたら?」
有楽はソファーに手を向けて、摩耶の隣に座るように促す。 摩耶は横にズレて座り直し、星が座るスペースを作った。
「ありがとうございます。では、失礼します」 「・・・」
星は笑顔で軽く会釈をするも、摩耶は申し訳程度に一瞬だけ頭を下げるだけだった。 ソファーのなるべく端に寄る彼女は、少し居心地が悪そうな顔をしていた。
こういう場面で会話を繋ぐのは、いつも有楽である。
「私は三年で部長の堀有楽です。こっちは二年生の播摩凛音ちゃんと一年生の藤森摩耶ちゃん」 「よろしくねー」 「よろしく…です」 「はい。よろしくお願いします」
凛音はひらひらと手を振り、摩耶はチラッと目を向けるだけだった。 星は、ずっと穏やかな笑顔を保っている。
「保科君は、都市伝説とか心霊現象に興味があって来てくれたの?」 「はい。子供の頃からそういう話は好きでして。高校の部活動でオカルト研究をしているなんて珍しいと思い、見学に伺った次第です」 「何系のジャンルが好きとかはある?」 「全般的に好きですが、最近は動画サイトで都市伝説のチャンネルとかを見ていますかね」
この発言に食いついたのは、黙って品定めをしていた凛音だった。
「例えば、どんなチャンネルだい?」 「色々見ますが…特に好きなのは『ヨルポンスタジオ』とか『秘密結社タタタ』ですかね」
この星の発言は数秒間の沈黙を部内にもたらした。そして、摩耶は思ったのである。
- え?なに?その聞いたことないチャンネル…
その静寂を破るのは凛音である。
「え!?本当に!?『ヨルスタ』と『タタタ』を見ているとか、センスの塊じゃん!」
凛音は学習椅子から立ち上がって、星の隣まで歩いていった。
「…」
摩耶は凛音に席を譲りながら、有楽に目線を向ける。有楽は首を横に振って「私も聞いたことない」というジェスチャーをする。
どうやら、謎のチャンネル視聴が琴線に触れたのは凛音だけらしい。
「先輩もあれらを視聴されているとは、御見それしました」 「いやいや、君も見所があるじゃないか。名前は何て言ったかな?」 「保科星と申します」 「いや、さっき名乗ってたじゃないですか…」
摩耶がボソッと突っ込むが、凛音は聞きもせずに何やら考え込んでいる。
「うん!今日から君は『ほっしー』だ!」 「素敵な愛称ですね。承りました」 「いいね!ほっしーの入部を許可しよう!」 「ありがとうございます」
摩耶は、凛音と星の掛け合いに圧倒されながら、一緒に聞き役になっていた有楽に耳打つ。
「ここまで突っ走れるのは逆に凄いですね」 「まあ、それが凛音ちゃんの良いところだから」
その後、都市伝説チャンネルの話題が続き、有楽が止めに入ったことで活動説明へと話題は方向修正された。
03:
「そしたら、改めて超自然科学部の活動を説明するね」
有楽は立ち上がって、ホワイトボードを見やすい位置まで移動させる。ホワイトボードには大きく「超自然科学部」と書かれ、周りにはUFOやら幽霊やらの落書きが描かれていた。
「凛音ちゃん、これ消しちゃって大丈夫?」 「はい。新歓用に書いてみただけなので。あ、私が消しますよ」
凛音も立ち上がり、ボードのトレイに置かれたイレーザーを手に取った。 哀愁の漂う落書きたちは、二度三度と擦ると徐々に薄くなって消えていった。
「じゃあ、まずは大まかな活動から説明するよ。まず、超自然科学部の正式な活動内容は覚えているかな?」 「えっと。たしか『神戸の歴史や地理の調査』でしたよね?」 「うん。それで合っているよ」
有楽はホワイトボードの左上に『神戸の歴史や地理の調査』と書いた。
「他の高校だと『史学部』や『社会歴史研究部』って呼ばれたりするかな。うちも昔は部員が多くて『地歴甲子園』にも参加してたらしいけど、今は九月にある文化祭での展示がメインイベントになってるね」 「地歴甲子園ですか。面白そうですね」 「やめときな、ほっしー。ガチガチの歴史調査で、あたしたちの調べている都市伝説みたいな話はないから」
凛音は、両手を上げて自嘲気味に笑う。
「本来はうちも歴史調査をする部活だけどね。応募締切は秋ごろだけど、今年は調査の準備に充てて、参加するなら来年度からが現実的かな」 「あたしはパスだから、後輩たちで頑張ってくれ」
カッカっと笑う凛音だが、毒気がないのが彼女らしさだった。
「大会に出ないにしても、調査をしてレポート作成するのは同じなんだけどな」 「さっき見せてもらった調査記録ですね」 「うん。星くんには後で見せるけど、調査記録の作成が私たちの活動の最終成果物になるから」 「なるほど。資料調査やフィールドワークをして、自分の考えを調査記録にまとめるわけですね」 「うん。そういうこと」
摩耶は、星のあまりの飲み込みの早さに口をポカンと開けている。
「九月の文化祭が大きなイベントだけど、日帰りで遠くまで行ったりもするから退屈はしないと思うよ」 「今年は須磨とか行ってみるのもいいかもね~」 「凛音先輩。須磨で何かみたいものでもあるんですか?」 「須磨駅の踏切がちょっとした心霊スポットになってるらしいんだ」 「なかなか調査しに行く場所じゃないし、そういう所もいいかもね」
ここで摩耶が疑問を口にする。
「あの。調査するテーマというのは、一人ずつ決まってるんじゃないんですか?」 「個人テーマはほぼ決まっているよ。後は、一年を通じて部活全体で取り組むテーマだね」 「有楽先輩は神戸元町と三宮についてですよね?」 「一応、担当エリアが神戸元町と三宮なんだ。これは三年間通じて基本的には固定で、その中で自由に調査対象は決めて大丈夫だよ」 「では、僕たちも担当エリアを決めないといけないということですね」
星の確認に対して、有楽は頷いて答えた。そして、ノートパソコンを全員に見せるように机に置く。
04:
「急いで決めなくても良いんだけど、軽く見てみようか」
有楽はウェブマップを開いて、影松高校周辺の地図を表示した。
影松高校は東灘区に位置しており、東西に伸びる阪神線とJR神戸線に挟まれている。 更に北には阪急線も走っており、同じ名前の駅名が各路線に存在する。
「二人のお家はどの辺り?」 「私は、渦森台に住んでます」 「僕は、本山の方です。」 「じゃあ、みんな区内だね。有楽先輩は御影で、あたしは魚崎だから」
有楽が少し地図の範囲を広げ、それぞれの住んでいるエリアをポインターで示す。
「基本的には好きなエリアを選んでいいんだけど、通学路上の方がフィールドワークは楽かな。なんて言いつつ、私は三宮だから全然遠いんだけどね」 「あたしはそれで住吉にしたら大失敗。阪神線の住吉駅周辺かと思ったら、メインで調べることになった住吉山手が全然場所が違って…」
凛音はパソコンの地図上を指さして言った。影松高校の最寄り駅は阪神御影駅で、その東隣が住吉駅、さらに隣が凛音の住む魚崎駅である。 凛音の調査する住吉山手は、阪神の住吉駅から北へしばらく歩いたところにあった。
有楽は、操作していたパソコンから目を外し、摩耶の方を見る。
「摩耶ちゃんはカタカムナのことを調べるなら、保久良神社のある本山の方面が良さそうだけど…星くんはそっち地元だもんね」 「藤森さんもカタカムナを調べてるんですか?」 「その…香取先生にいわれて…。ほ、保科君もカタカムナ知ってるん…ですね」 「ええ、一応は」
星は、摩耶の質問に応えたが、心なしか、それまでの受け答えより淡白な回答だった。 だが、少しの間を空けて星から摩耶に質問が返る。
「藤森さんはなぜカタカムナを調べることになったんですか?」 「えーっと…」 「ワープとカタカムナの関係についてだよね!?まやっち」
摩耶が答えあぐねていると、代わりに凛音が答えた。 凛音はニカッと摩耶に笑いを向けている。
「いや、香取先生の助言で…。言われた時は面白そうだなと思ったんですが、冷静に考えるとちょっと…」
摩耶は、先ほど香取が積んでいった資料の山を横目でみる。 積み上がったバインダーの山は「立ち入る者は、遭難を免れない」とでも言いたげだ。
その様子を見ていた星は、思いついたように声をあげる。
「あり得ると思いますよ」 「え?」
星の想定外の反応に、摩耶は一瞬驚いた。
「一説によれば、カタカムナ文明ではワープ技術を扱っていたという話もあります」 「あー、香取先生がよく言ってるよね。でも、先生ってカタカムナに関しては飛躍が多いからな~」
凛音は、両手を頭の後ろに回してぼやく。
「そうでしたか。ですが、カタカムナ界隈ではワープ技術の話は一定の支持があるんですよ。都市伝説チャンネルでもいくつか見かけたことがあります」 「カタカムナ界隈って…」
摩耶は、への字に口をまげる。
「ほっしーも、ワープ説を支持しているの?」 「支持と言う程ではないですが、面白い仮説だとは思います。ワープ説を使えば、歴史的な矛盾を上手く説明できることも多いので」 「あの…例えば?どんなのがあるんですか?」
摩耶は、ワープ説が可能性としてあり得るのか、確かめるように訊ねた。
「有名なのは、日ユ同祖論をワープと結び付けた話ですかね」 「なるほど。日本と中東の距離が離れてるのをワープで説明できるってわけだ」 「ええ。よく知られている日ユ同祖論は『約2700年前にアッシリアに追放されたイスラエルの十支族が東へ移動し、日本人の祖先になった』という主張です。ただ、僕が今話している説では、それより古い時代に、日本から中東へ人々が渡ったと考えるんです。カタカムナのような超古代文明にワープ技術があったなら、海も距離も障害にはなりませんから」 「ワープ説を取れば、古代日本人がユダヤ人の先祖ってことですか?」 「そういうことになりますね。他にも『邪馬台国の近畿説と九州説が、ワープで繋がっていたから両立した』という話なんかもあります」
摩耶と凛音は、星の解説を頷いて聞いていた。 担当エリア決めの話からは脱線し始めたため、有楽が口を開く。
「で、摩耶ちゃんどうする?」 「保科君の話を聞いて、やっぱりカタカムナを調べてみようかなって…」
摩耶は、尻すぼみになりながらも自分の意向を伝え、チラッと星の方を覗いた。 視線の先で、星と目が合う。星は柔らかく笑うが、摩耶は慌てて目を伏せる。
「僕もワープとカタカムナの関係を調べてみるのは良いと思います。僕の担当エリアは本山でなくて大丈夫なので、藤森さんが担当してください」 「じゃあ、摩耶ちゃんが本山エリアで良いかな?」 「は、はい!」
摩耶は、有楽に向かって返事をするが、自分でも思いのほか大きな声が出てしまう。そして、また恥ずかしそうに目を伏せる。
「僕は地元で土地勘もあるので、何か困ったら手伝いますから、気軽に相談してください」 「…あ、ありがと―—」
摩耶が少しだけ星の方を見て、頭をわずかに下げる。口が乾いてもごもごしてしまい、その声が最後まで聞こえたかは分からなかった。
摩耶は「一口、お茶を飲んでから喋れば良かった」と心の中で呟いた。
話が一段落したところで、有楽が口を開く。
「話の流れで確認しなかったけど、星くんは入部してくれるのかな?」 「何言ってるんですか!?ほっしーは既に入部済みです!さっき確認しました!だよね、ほっしー?!」 「そういうことになるんですかね?」 「そういうことになるんだよ!」
すっかり星を気に入った凛音は、何としても四人目の部員として確保したいようだ。しかし、無理やり言質を取るような方法に、有楽が一言。
「凛音ちゃん。無理やりはダメって言ったよね?」 「…」
有楽は、相変わらずの笑顔だったが、その奥には確かに怒気を含んでいる。 小さく萎んでいく凛音は、小さな声で「すみません」と呟いた。
「で、星くん。改めてどうかな?」 「僕としても、ぜひお願いしたいと思っております」 「やったー!ありがとう、ほっしー!」
ころころと表情を変える凛音は、星の背中をばしばしと叩いている。 少し痛がっている星を、摩耶はどこか遠い目で見ていた。
05:
「星くんは何か調べたいテーマとかはある?」 「僕は特にないのですが、せっかくなので御影エリアを調べてみるのも良いかなと思っています」 「学校の周りって逆にあまり調べてないかもですね。有楽先輩より前の先輩で、調査した人っていました?」
有楽は凛音の質問に答えるために記憶を探った。顎に手を当てて考え事をしているだけでも、その姿は様になる。
「私の知る限りではいないかな。言われてみると過去の資料でも見た記憶はないかも」 「気にしたことなかったですが、御影エリアってどこまでを指すんですか?」
有楽はマップ検索で「御影」と打ち込むと、高校の近隣エリアが赤い四角形で表示される。
「高校があるのが御影石町だね。他には御影郡家、御影塚町、御影中町、御影浜町、御影本町、御影山手が御影エリアになるのかな」 「御影エリアも住吉と同じで、南北に長いんですね」
凛音の言う通り、御影は南の海沿いから北の御影山手まで、南北に長い地域だった。
「ほっしーが御影エリアの担当なら、あたしは二人に挟まれる感じだね」 「播摩先輩は、住吉で何を調べられているんですか?」 「富豪の謎についてだよ」
凛音の回答に、星は何か思い当たることがある様子だ。
「富豪の謎というと、住吉村ですか?」 「住吉村のこと知ってるんだ」 「ええ、この地域では有名な話ですから」 「ほっしーは、住吉のことをどれくらい知っているのかな?」 「・・・」
凛音の問いかけに、星は少しだけ迷った様子だった。それは、ほんの僅かであったが、彼は間を空けて答える。
「ネットで調べた程度なので、なんとなく知っているくらいです。もしよろしければ、調査されていることを教えていただけないでしょうか?」
その言葉を聞いて、凛音はニマニマとした表情を浮かべる。
「ふふ、仕方ないなー。先輩たる私が、住吉村の謎を教えてあげようではないか」 「ありがとうございます。先輩と比べれば、僕の知識は全くもって及びませんから。今回は勉強させていただきます」
星の言葉に、凛音はすっかり上機嫌だった。 その様子を見て摩耶はこう思った。
- この人、ちょろいな~