今日も元気よ!カタカムナKATAKAMUNA ANIME PROJECT

あの日に出会った
不思議は、
今でも思い出せる
から。

超自然科学部の日常 / 目次

WEB NOVEL / 第5話 後編

六甲山ワープ

06:

さっきの遠足の話もそうだけど、六甲山って、俺たちには結構なじみのある場所だろ。

神戸に住んでいると、北にはいつもあの山並みが見えてる。駅へ行く途中でも、学校の帰りでも、建物の間から山がのぞく。坂を下って南へ行けば海だし、山と海に挟まれて暮らしてる感じは、みんな分かると思う。

だから、六甲山へ行くって言われても、知らない土地へ出かけるような感じはしなかったんだよ。

遠足で行った人もいれば、家族と遊びに行った人もいるだろうしな。 山の上には店も展望台もある。車で行けるし、ケーブルカーにも乗れる。登山が目的じゃなくても、普通に一日遊べる場所なんだよな。

上から見る街の景色も、知ってるだろ。

海まで建物が続いていて、港があって、その向こうには船が見える。普段は建物に隠れている海が、あんなに広かったんだって分かるんだよ。 夜になれば、そこが一面、街の明かりになる。

あそこから自分の家や学校を探したこと、ない?

でも、街から見上げていると分かりにくいけど、あの山は奥にも続いてる。

一つの頂上に向かって坂が延びているだけじゃなくて、山の向こうにまた山があって、その間に谷がある。六甲山系を端から端まで見ると、東西に約三十キロもあるんだって。 一番高いところで九百三十一メートルほどだから、高さだけ聞くより、ずっと広いんだよな。

さっき、遠足では下から全部歩かなかったって言ってたじゃん。

乗り物で上がってから歩くなら、山道を延々と登る部分は通らずに済む。 でも、自分の足で登るとなると、店や展望台に着く前に、木の間をずっと歩かなきゃいけない。

その山道も、石の上をまたいだり、木の根っこを踏まないように歩いたりするところがある。 子供には面白いんだよな。学校へ行く道とは違うし、ちょっとした段差でも登りたくなる。

ところが、疲れても道は平らになってくれない。

見えている坂を上り切ったら、曲がった先にまだ坂がある。少し下るところに出て喜んでいると、また上りになったりする。 今どれくらい進んだのか、子供には分からないんだよ。

車に乗っているときみたいに、窓の外を眺めていれば、そのうち着くわけじゃないからな。

当時の俺は、そこを全然考えてなかった。

いつも見ている山だし、親父も一緒だし。 上まで行けばケーブルカーに乗れるんだから、帰りは楽だろうって。

その「上まで行く」のがどれくらい大変なのかは、歩き始めてから知ることになったんだ。

07:

その頃、俺はしばらく体調を崩して、家にいることが多かったんだ。 元気になっても、まだ長く外で遊ぶ機会は少なかったから、親父と出かけられるのがうれしかった。

リュックに飲み物と菓子を入れて、自分で背負って出た。 親父に、そんなに菓子を持ってどうするんだって言われたけど、山で腹が減るかもしれないだろって答えたんだ。

まあ、登り始めてすぐ食ったけどな。 あとで食べようと思ってても、持ってると気になるんだよ。

最初は、俺の方が先へ行きたがってた。

少し大きな石があると乗ってみるし、虫を見つければしゃがみ込む。 親父が先へ行くと慌てて追いかけて、追いついたら、今度は俺が先に立つ。山を登ること自体が遊びだったんだ。

すれ違う人に挨拶されて、元気に返事をしたのも覚えてる。 小さいのに頑張ってるねって言われると、そのときだけ余計に張り切ったりしてさ。

でも、そのうち、親父の後ろを歩くようになった。

足を上げるのが面倒になって、さっきはわざわざ登っていた石を避ける。 まだ着かないのかと訊いても、もう少しだって返ってくるだけだった。

途中で座って水を飲んだ。 座っていると楽になるから、もう大丈夫だと思うんだけど、立って歩くと、やっぱり足がだるいんだ。

最初にリュックを持ってもらって、そのあと俺自身も背負ってもらった。

親父の肩越しに道を見ていると、こんなに急だったのかと思ったよ。 俺を背負って、俺の荷物まで持ってるんだから、親父も疲れたと思う。

少し運んでもらって、また自分で歩いた。 その繰り返しになって、だんだん周りに人がいなくなってきたんだ。

親父も、さっきまでみたいに話さなくなった。 時計と地図を見比べて、道の先を見ていた。

あとから聞いたら、そのとき、まだ行程の半分くらいだったらしい。

木の間から見える空はまだ明るかったけど、足元は暗くなり始めていた。 俺は、上へ行くのでも家へ帰るのでもいいから、とにかく早く着いてほしかった。

そのとき、道の脇にある草の隙間が気になったんだ。

人が歩きやすいようになっている道じゃない。 しかも、下る方へ続いていた。

でも、そこへ行けば帰れる気がした。

親父の手を引いて、こっち、と言った。 そっちは下りだぞって言われたけど、俺は同じ方を指した。

何か見えるのかと訊かれても、何も見えてない。 道路も人も見えなかったし、車の音が聞こえたわけでもなかった。

それでも、そのときは、自分から歩いていこうとしてたんだよ。

親父は草の向こうを見てから、俺の顔を見た。 少し先まで確かめて、駄目なら戻るぞと言って、つないだ手を握り直した。

俺はうなずいた。

親父が押さえてくれた枝の下をくぐって、二人で道の脇へ入っていった。 足元は、確かに下っていたよ。

08:

木の枝が服に引っかかったり、落ち葉の下で足が滑ったりする場所だった。

俺が枝をまたぐ間は親父が止まって、親父が降りてくるときは俺が待つ。 手をつないでいたから、勝手にどんどん進むことはできなかったんだ。

ただ、長く歩いた感じはしなかった。 登山道にいたときみたいに、まだ着かないのかと何度も訊いた覚えもない。

そうしているうちに、木の向こうに白いものが見えた。 横へ長く続いていて、近づくとガードレールだって分かったんだ。

その先には、道路があった。

枝をよけて外へ出ると、すぐ横に小さな祠があった。 低い台に載っていて、屋根の縁が少し黒ずんでいた。俺たちは、その祠の脇に出てきたんだよ。

でも、そのときの俺は、道路ばかり見ていた。 ようやく歩きやすいところに出られたのが、うれしかったんだ。

ガードレールの切れ目へ向かおうとしたら、つないだ手に引かれて止まった。

親父が動かなかったんだ。

道路の先には、大きな電波塔が見えていた。 親父はその塔を見て、道の左右を確かめてから、ゆっくり振り返った。

俺たちが出てきた方へ。

祠の向こうには木が重なっていた。 俺も見たけど、どの隙間を歩いてきたのか、もうよく分からなかった。

「……何で、ここに出るんだ」

親父が小さくそう言った。

怒ってるわけじゃなかったよ。 でも、道路に出られてよかったな、とも言ってくれない。

俺は、まだ歩かなきゃいけないのかと思った。 帰れるよねって訊いたら、親父は少ししてから、ああ、と答えたんだ。

そこは、山上の道路だったらしい。 親父には、どこへ出たのか分かっていたんだよ。

俺たちは山の途中から下る方へ進んだのに、さっきまでいた場所より、ずっと上へ出てしまった。 親父が驚いていた理由を知ったのは、あとになってからだったけどな。

しばらくして、車が来た。

親父が手を上げたら止まってくれて、事情を話すと、ケーブルカーの駅まで乗せてもらえることになった。

車に乗ったときは、座れるだけでうれしかった。 親父が何度も礼を言っている横で、俺はリュックを抱えていた。

駅に着く頃には、親父もいつもの調子に戻っていたよ。 腹が減ったかと訊かれて、減ったと答えたら、帰ったら飯にしようって言われた。

そのあとは、ケーブルカーで山を下りた。

窓の外の木が次々に通り過ぎていくのを見て、最初からこれに乗ればよかったのに、と思ったな。 親父にそう言ったかどうかは覚えてないけど、あのとき言ってたら、ちょっと申し訳なかったかも。

家へ帰る頃には、俺はすっかり安心していた。 山で疲れたことより、車に乗せてもらったことや、ケーブルカーの方が、その日の出来事として頭に残ってたんだ。

09:

だから、しばらくは、その日のことを不思議な話だとは思ってなかった。

気になったのは、少し大きくなってからだよ。 山へ登った話になって、そういえば、道路に出たときの親父は変だったなと思い出したんだ。

帰れるようになったのに、どうして困っていたんだろうって。

訊いてみたら、親父は、よく覚えてるなと言った。 それから地図を広げて、登っていた道と、車に乗せてもらった辺りを教えてくれたんだ。

俺は、たまたま近道を見つけたんだと思ってた。 木や草の向こうに道路があって、その間を抜けただけなんだろうって。

でも、親父が指した二つの場所は、そういう位置関係じゃなかった。

地図の上でも離れているし、その間を歩こうとすれば上り下りがある。 親父が指で道をたどってくれたけど、俺には、その途中を歩いた覚えがなかったんだ。

親父も、道を外れてから二、三分くらいしか歩いていないはずだと言っていた。

俺が背負われて寝ている間に、そこまで来ていたんじゃないかと訊いてみたよ。 その部分を忘れているだけなら、説明はつくだろ。

でも、道を外れてからは、ずっと二人で歩いていたって。

俺も、そこは覚えていた。 親父が枝を押さえてくれたことも、道路へ出たときにつないだ手で引き止められたことも。

じゃあ、地図の場所を間違えているのか、とも思った。

親父も、自分がどこかで勘違いしているのかもしれないとは言っていた。 ただ、それなら、どこをどう歩いたのかが分からないって。

今では道の名前までは覚えてないけど、親父の説明を聞いて、初めてあの日のことが気になった。 二、三分で着くはずのない場所へ、どうやって来たんだろうって。

だから、ワープしたのかもって思ってる。

離れた場所が、そのときだけつながっていたような感じかな。 木の間を少し歩いたら、山のずっと上へ出てしまったんだ。

どうしてそんなことが起きるのかは、全然説明できないけどさ。

親父には、もう一つ訊かれたよ。 どうして、あっちへ行けばいいと分かったんだって。

それも、答えられなかった。

何かを見つけて選んだという覚えはないんだよ。 ただ、あっちへ行こうと思った。

今、同じ山へ行っても、もう一度できる気はしない。 あっちだって分かるかというと、たぶん普通に迷うと思う。

だから、あれが何だったのかは、今も分からないままだよ。

ただ、道路に出たときの親父の顔は、よく覚えてる。

知らない場所へ出て、ここはどこだって困っていたんじゃない。 ここがどこか分かるから、どうしてここへ来られたんだって驚いていたんだ。

今思うと、俺より親父の方が、よっぽど不思議な体験をした気分だったんだろうな。

10:

秀が話し終えると、凛音は机の上の地図へ目を落とした。

「……これは、場所を確かめてみたくなるねえ」

摩耶も、ノートに書き留めた言葉を見直していた。 下る方へ進んだのに、出たのはずっと上の場所。その途中で、道を歩いた記憶が抜けているわけでもない。

「秀、お父さんにもう一度、場所を訊いてもらえますか?」

星が言うと、秀はうなずいた。

「いいよ。前に見せてもらった地図が残ってるかも聞いてみる」 「お願いします」 「二、三分で着く距離じゃないって、実際にどれくらい離れてるんだろう。そこが分かるだけでも違うよね」

凛音の言葉に、摩耶もうなずいた。

秀はバッグからスマホを取り出し、忘れないように短くメモを打つ。 摩耶はその手元を見ながら、口を開いた。

「和泉くん」 「ん?」 「こっちへ行こうと思った感じは、今でも覚えてるんだよね」 「うん。ただ、どういう感じかって説明しようとすると、うまく言えないんだよな」

秀は少し考えた。

「理由があって選んだんじゃなくて、先に、そっちへ歩きたくなったっていうか」 「そっか……」

摩耶はノートの余白に、短く書き加えた。

自分の体験と、同じではない。 それでも、説明できなくても記憶には残っている、ということは分かった。

「ありがとう。聞かせてくれて」 「おう。何か参考になったならよかった」

秀は気軽に答え、スマホをしまった。

凛音が摩耶の方へ椅子を寄せる。

「まやっち。GWに、私たち二人で調べに行ってみない?」 「六甲山へ、ですか?」 「うん。いずみんのお父さんから場所を聞けたら、そこを参考にして。実際の道を歩いてみようよ」

摩耶は、地図の細い線を目で追った。 紙の上には、たくさんの登山道が並んでいる。この中のどこを秀と父親が歩いていたのか、自分でも確かめてみたかった。

「行きたいです」 「よし。じゃあ、決まり!」

凛音は嬉しそうに笑った。

「調査のあと、どこかで遊んで帰ってもいいしね」 「先輩、そっちも楽しみにしてますよね」 「もちろん。せっかくの連休だもの」 「ただ、話を聞いたとおりに道を外れるのはやめた方がいいですよ」

星が言うと、秀もうなずいた。

「俺も、今やったら普通に迷うと思うんで」 「分かってるって。まずは普通に歩ける道からだよ」

凛音はスマホのカレンダーを開いた。 摩耶も自分の予定を出し、二人で画面を見比べる。

五月一日は、坂本、茶畑、星と鷲林寺へ。 それとは別の一日に、凛音と六甲山へ行く約束ができた。

「詳しい行き先が決まったら、香取先生にも伝えましょう」 「うん。交通と帰りの時間も調べておかないとね」

二人の会話を聞きながら、秀がバッグを持ち上げた。

「じゃあ、親父に聞けたら星に送ります」 「ありがとう、いずみん。今日は練習のあとに、わざわざ来てくれて」 「面白いことがあったら、今度は俺に聞かせてください」 「もちろん。報告を楽しみにしていたまえ」

秀が笑う。 星も机の上を片付けながら、口を開いた。

「僕も楽しみにしています。住吉山手の方は、連休明けにご一緒しますね」 「うん。そっちもよろしく」

摩耶はうなずき、ノートを閉じた。

出かけたところで、何も見つからないかもしれない。 それでも、聞いた話を持って、一緒に確かめに行ける。その予定がうれしかった。

「じゃあな、藤森。また明日」 「……うん。また明日」

秀に返事をしてから、摩耶はノートを鞄へしまった。

ゴールデンウイークの予定が、また一つ増えた。